これまで3本に分けて見てきた倉敷市の人口を、いよいよ1枚にまとめます。
人口の増減 ≒ 自然増減 + 社会増減です。
自然増減は出生と死亡、社会増減は転入と転出。いずれも倉敷市統計書の実績値だけを使い、推計は入れません。
令和7年(2025年)は、自然増減−2,508人、社会増減+90人。総人口は471,985人で、前年比−2,345人です。平成29年(2017年)のピーク483,576人から、減少局面に入っています。
※総人口は3月末、自然動態・社会動態は年度です。年によって自然+社会と人口前年比が完全には一致しないことがあります。ここでは長期の流れを読む用途にします。
人口増減の内訳を1枚で見る

1枚目は、合併の昭和42年(1967年)から令和7年(2025年)までの人口増減の内訳です。
1970年代前半は、自然増と社会増の両方が大きい時期です。昭和45年(1970年)の社会増減は+10,160人、昭和47年(1972年)の自然増減は+6,492人がピークです。
昭和48年(1973年)に社会増減は−2,216人となり、社会増から社会減へ転じます。それでも総人口はしばらく増え続けます。自然増が、社会減を上回っていたからです。
平成27年(2015年)に自然増減は−70人となり、自然増から自然減へ転じます。平成29年(2017年)に総人口は483,576人でピークを迎えます。
令和7年(2025年)は、自然減−2,508人に対し、社会増減は+90人。人口前年比は−2,345人。自然減が主で、転入出はほぼ均衡、という顔つきです。
総人口の流れをあわせて確認

2枚目は、記事「倉敷市の人口推移」と同じ人口推移のグラフです。増加期(緑)と減少期(赤)の色分けはそのまま流用しています。
昭和42年(1967年)は311,151人。平成29年(2017年)が483,576人のピーク。令和7年(2025年)は471,985人です。
1枚目のグラフの「部品」と、2枚目のグラフの「総量」を対応させると、2017年以降は内訳のどちらも人口を押し上げにくく、総人口の減少が続きやすい、と読めます。
近年だけを拡大して見る

3枚目は、平成22年(2010年)から令和7年(2025年)に絞った人口増減グラフです。
この期間は読みやすいです。社会増減の棒は小さく、ゼロ付近で推移します(記事「倉敷市の社会増減の推移」の「1991年以降、ほぼ均衡」に対応)。一方、自然増減のマイナス幅が開き、人口増減の折れ線も下向きになります。
2015年の自然減転換、2017年の人口ピーク、その後の減少。近年の倉敷市人口を説明するときは、この拡大図が効くと思います。
この人口推移シリーズで分かったこと
倉敷市の人口増減は、長期では自然動態と社会動態の合成で理解できます。
増加期の後半は、転入超過というより出生超過の寄与が大きかった、と読めます。減少期は自然減が主因で、社会動態は均衡に近い。
年齢構成や生産年齢人口率は、本稿の範囲外です。人口ピラミッドなどは、別の記事で見る予定です。
まとめ
3本に分けて見た倉敷市の人口は、自然増減+社会増減でおおむね説明できます。
1973年以降は社会減が続いても人口は増え、2015年以降は自然減が主役になり、2017年を境に総人口は減少しやすくなりました。
2025年は自然減−2,508人、社会増+90人、人口前年比−2,345人です。
人口の「増減系」はここで一区切りです。次は、人口ピラミッドか生産年齢人口率のどちらかから、人口の中身を見ていきます。
