前回の記事では、倉敷市の自然動態(出生・死亡)を見ました。今回はその続きとして、社会動態(転入・転出・社会増減)を長期で確認します。
社会増減は、転入数 − 転出数です。今回も推計値は入れず、倉敷市統計書の実績値だけを使います。
合併後の早い時期を見ると、昭和45年(1970年)は社会増+10,160人でした。一方、令和7年(2025年)は+90人で、転入と転出はほぼ均衡です。ここまでの変化を、3枚の図で追います。
転入と転出、社会増減の推移

まず、合併直後の昭和42年(1967年)は、転入26,273人、転出16,486人、社会増+9,787人でした。昭和45年(1970年)には、転入が31,895人でピーク、社会増減も+10,160人でピークです。
その後は、昭和48年(1973年)に−2,216人となり、社会増から社会減へ転換します。昭和51年(1976年)は−4,822人で、この系列では社会減の最大幅でした。
近年は、かつての大きな社会増減ではなく、均衡に近い年が増えているように見えます。例えば平成21年(2009年)は−28人、令和7年(2025年)は+90人です。2025年の内訳は、転入13,508人、転出13,418人でした。
人口推移とあわせて読む

2枚目は、以前の記事と同じ人口推移グラフです。ピークは2017年の483,576人、2025年は471,985人です。
人口推移の図と社会動態の図を重ねて読むと、総人口が増えていた時期であっても、社会動態はマイナスか均衡であったことが分かります。そして近年は、社会動態がほぼ均衡でも、自然減が続く分だけ総人口は減りやすくなります。
転入出回転率で見る「動きの勢い」

転入や転出の「人数」だけでは、人口規模の違いで見え方が変わります。そこで補助として、転入出回転率を置きました。式は以下です。
転入出回転率(‰) = (転入者数+転出者数) ÷ 人口 × 1,000
この指標で見ると、回転率のピーク帯は1969〜71年ごろで約154‰。2025年は約57‰です。つまり、人数の増減だけでなく、人口比で見ても、倉敷市の人の出入りは長期で落ち着いてきたと読めます。
※社会動態は年度、人口は3月末人口を使っているため、基準日は一致しません。ここでは長期傾向の把握を優先しています。
まとめ
倉敷市の社会動態は、1970年前後には社会増が大きく、1973年以降は社会減の時期が続きました。近年は転入・転出とも1.3万人台で、社会増減はほぼ均衡に近づいています。
一方で総人口は減少局面にあり、自然動態と合わせて読む必要があります。人口シリーズとしては、次回は全体のまとめ、または人口ピラミッドに進む予定です。
