倉敷市の人口は、ずっと増え続けてきたのか。それとも、どこかで流れが変わったのか。
今回は、倉敷市統計書の実績値だけを使って、昭和42年から令和7年までの人口推移を確認します。推計値は入れません。
この記事では、各時点で倉敷市として公表された実績値を用いています。合併前の各自治体の単独値を遡及して加算した推計は行っていません。
倉敷市の人口推移(昭和42年〜令和7年)

倉敷市の人口は、昭和42年(1967年)の三市(倉敷市、児島市、玉島市)合併直後は、311,151人でした。
そこから増加し、平成29年(2017年)に483,576人でピークを迎えました。
この50年間の増加幅は172,425人です。
一方で、直近の令和7年(2025年)は471,985人です。
ピークの2017年から2025年までで見ると、11,591人の減少になっています。
つまり、長期では「増加」、直近では「減少」という二つの局面が同じグラフの中に共存しています。
倉敷市の人口推移は、一本調子ではなく、2017年を境に局面が切り替わったと見るのが自然です。
男女別で見る人口の違い

男女別で見ると、ピークの年にズレがあります。
男性のピークは2015年、女性のピークは2017年です。
令和7年(2025年)の実績値は、男性229,968人、女性242,017人です。
この時点でも女性が男性を上回っています。
総人口の減少局面に入ってからも、男女でピーク時期や減少の出方が同じではない点は、次の分析(自然動態・社会動態)を読むうえで重要な前提になります。
まとめ
倉敷市の人口推移を実績値で確認すると、昭和42年から長期的に増加し、2017年をピークに直近は減少局面へ入っています。
また、男女別では男性が2015年、女性が2017年にピークを迎えており、動き方に差があります。
別の記事で、自然動態と社会動態を見ながら、この変化の中身を掘り下げる予定です。
