前回の記事では、倉敷市の人口増減を自然動態と社会動態に分けて見て、1枚にまとめました。増減の「量」の話は、ひとまずそこまでです。
今回は、その中身——年齢構成、すなわち人口ピラミッド——に入ります。
いずれも倉敷市統計書の実績値だけを使います。推計は入れません。1歳階級のデータが入手できたのは1981年が最古だったので、この記事での人口ピラミッドは1981年から2025年までを西暦で見ていきます。
令和7年(2025年)の人口ピラミッド
1枚目は、令和7年(2025年)の人口ピラミッドです。

9月末時点の総数は471,459人です(※後述の人口推移の3月末総人口とは基準日が異なります)。
底部(年少人口)が細く、上部(高齢人口)が太い形です。
団塊世代の「山」が、50代と70代付近に二つ見えます。
0歳付近の棒は細く、高齢側に厚みがあります。65歳以上の割合は28.1%です。生産年齢人口(15〜64歳)の比率は59.3%——推移そのものは別の記事に回しますが、いまの倉敷市は、このあたりの水準だと押さえておいてください。
総人口の流れとあわせて読む

2枚目は、記事「倉敷市の人口推移」と同じ人口のグラフです。増加期(緑)と減少期(赤)の色分けはそのまま流用しています。
昭和42年(1967年)の三市合併直後は311,151人。平成29年(2017年)に483,576人でピーク。令和7年(2025年)は471,985人です。
ピラミッドが示すのは、各年齢に何人いるかという形です。
人口が増えていた時代でも、若い世代の割合は減りうるし、人口が減っていても高齢化は進みます。2枚目は「街の総量」、1枚目以降は「年齢の内訳」と対応づけて読むとよいと思います。
1981年から2025年まで — 形はどう変わったか

3枚目は、1981年・2005年・2017年・2025年の4時点を、同じスケールで並べたものです。
- 1981年は総数408,946人。0〜14歳の割合は25.0%で、底部がいちばん太い時期です。
- 2005年は真備町・船穂町との合併直後で、総数469,744人。団塊の山は、30代から50代へと上に移動しています。
- 2017年は総数483,776人で、この4年のなかでいちばん「膨らんだ」形です。記事「人口増減推移まとめ」で触れた人口のピーク(3月末483,576人)と並びます。
- 2025年は人口が2017年より減り、高齢側の厚みはさらに増しています。
1981年から2025年までの44年間で見ると、底部が細くなり、山が上に移動し、全体として高齢化と少子化が形に刻まれている、と読めます。
2005年と2025年 — 人口は同じくらい、しかし形は違う

4枚目は、2005年(塗り)と2025年(枠線)を重ねた比較です。
人口は、2005年が469,744人、2025年が471,459人。差は約1,700人で、ほぼ同じ規模です。
それでも形はまったく違います。0〜14歳の割合は、2005年15.3%から2025年12.6%へ。65歳以上は、18.8%から28.1%へと開いています。生産年齢人口比率も、2005年65.9%、2025年59.3%です。
人数は横ばいに近いのに、20年で高齢化が進んだ——倉敷市の人口を説明するとき、この1枚が効くと思います。
まとめ
倉敷市の人口ピラミッドを、1981年から2025年までの実績値で眺めると、底部の細さと高齢側の厚みが長期で進んでいることがわかります。
2017年頃が人口・形ともにいちばん膨らんだ時期で、2025年は人口は2005年と近いのに、年齢構成は大きく変わっています。
生産年齢人口比率の推移は、次の記事でグラフ化する予定です。
